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教育基本法の改悪を とめよう!全国連絡会 |
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石田くんは、大学の中で教育基本法改悪に反対する運動をしていて、全国連絡会にも参加している学生です。6月の全国集会では、大学の状況について発言してもらいました。
---こんにちは。まぁ気楽に、よろしくお願いします。まず、生年月日おしえてもらえます?
石田:1980年8月28日です。
---もうすぐじゃん! 好きな食べ物は?
石田:好きな食べ物ねー。聞かれると思ったから、何にしようか考えたんだけど・・・
---考えたの?(笑)
石田:考えたんだけど、基本的に何でもおいしく食べられるんだよね。転校をよくしていて、神奈川、愛知、千葉、って引っ越して今に至るんです。それぞれのところのものを美味しく食べられた。
---ふーん。いろんな地域を転々として、食べ物にはなじめたんだね。人とか、環境については、どうだった?
石田:人もね、結局なじめるんだけど、自分以外のみんなは幼馴染で同じ文化で育ってるから、話はするんだけどちょっと違和感が残るようなとこもあった。今でも自分の地元がどこかわからないし、同窓会の連絡とかも途切れてしまってるし・・・。
---そのころから、活発なほうだったのかな。
石田:小学校のころは、成績が飛び抜けていいわけじゃないけど、先生の言うこととかをよく聞く「イイ子」だった。親からもそう言いつけられていて、その通りにしてんだよね。
---へー、意外。
石田:小学校5年ぐらいまでは、自分がつくったお菓子とかを先生にプレゼントするような感じだったんだけど、6年になる時に愛知に引っ越してから、どうも違うなって思うようになっていって・・・。そのあと中学校に入るんだけど、内申点がすごく重視されてて、勉強しても、態度が悪かったら高校に行けませんよって言われるようなとこだったんだよね。友達と遊ぶにも内申点のことが気にかかるし、部活も一年生は玉ひろいばっかりだし、学校にだんだん行きたくなくなっていって、お腹いたいって言って休むようになったりするんだよね。だけど、やっぱり行きたい気持ちもあるから、どうやって対抗したらいいのかとかも考えて・・・。
---対抗するって、なにに? 先生とか?
石田:うん。先生がさ、すごい偉そうっていうかね・・・生徒を評価して、しかも「あなたを評価するのは、あなたが立派な大人になれるようにするためなんですよ」って感じなんだよね。自分が絶対正しいってことが前提なんだよね。
---あー分かる!その感じ。恐るべき勘違いと傲慢だよねぇ。
石田:それで対抗手段として、先生が授業の時に間違えたことを、間違えてる!って指摘したんだけど、そしたら先生が反論するときもあるけど、実際間違えてるから、その時はおれが勝つんだよね。それで、これならいけるかもと思って、むかついた先生の授業の時は予習しまくって、向こうが引くまで間違いを指摘したりして。
---けっこう負けずぎらいなんだねー。
石田:そうそう。で、教室の入り口に黒板消しをはさんだり(笑)
---それは意地悪じゃない?
石田:そうなんだけど、わけわかってなくてエスカレートしてね。今は反省してるけど、当時はとにかく混乱してた。中学になると、テストの時に点数がつくようになって、何番だったって話になるけど、そこで自分がいい点数だったらうれしくなるんだけど、あとから嫌な気持ちになったり・・・。あと体罰もあってね。おれはやられなかったけど、職員室の横に放送室っていうのがあってさ、防音設備が整っててさ、有名な暴力教師がいて、その人と一緒に放送室に入っていく生徒がいたり。
---こ、こわい・・・。
石田:抵抗できないでしょ。そういう教師は何とかやめさせようと思ってたんだけど、そこまではできなくて、ただ調子に乗って、先生が間違ったの指摘して、黒板消しはさむぐらい。
---ふぅん。でも小学校の途中までは従順なイイ子だったのが、なんでそんな反抗するようになるの?
石田:小学校の6年生の時に、ある先生のお気に入りの生徒とちょっとしたことでもめたんだけど、自分はほんとに何もやって
ないからくて、おれが悪くないって証拠も出して、先生にいったんだけど、おれがいくらきちんと説明しても、「この子がうそつくわけないでしょ」ってその子のほうの味方なんだよ。ぜんぜん話もきいてもらえなくて、その子だから正しい、って。「女の子だから正しいに決まってるでしょ」とかも言われたな・・・。
---えー、それは理不尽きわまりないね。
石田:でも、そのうえ、「なんで謝らないのか、なんで屁理屈ばっかこねて間違いを認めないは最低だ」なんて追求もされてさ。その時はショックでしょうがなかったけど・・・いま思えばその時に、学校で教えてもらえることは正しくておれはそれを覚えればいいと思ってたけど、そうじゃないんだ、ぜんぜん違う、と感じたんだよね。それで中学に行けばもう少し話のわかる先生もいるかと思ったんだけど、中学校の方がもっと嫌な感じだった。
---そっか。
石田:反抗しはじめてからは、どの先生も、はれものに触るような扱いで、口ではおれを心配してるようなこと言うけど、信じられないと思ってた。
---そうか・・・。友達とは、どんな感じ?
石田:友達はずっとたくさんいて、仲良かった。おれが小学校3年の時に、弟が生まれるんだけど、弟ができるってことでいろいろ不安定になってて、みんなで遊んでるときに、おれがそれを台無しにするような意地悪をしちゃうんだけど・・・その時に、友達の一人が、おなじ小学校3年の男の子なのにさ、「石田君はいま弟がうまれる時で不安定なんだからみんな許してあげようよ」みたいな話をしてくれてね。ちょっとしたことなんだけど、非常に感銘をうけて・・・。気持ちが嬉しいことってあるじゃん。
---うん。あるね。
石田:友達には恵まれてたかな。先生とかどうしようもないと思ってたけど、友達はいいもんだって。
---そういうのって珍しいよね。みんな今の世の中とか、子どものうちは学校のあり方とかに、疑問をもってないわけじゃないし、おかしいと思ってはいるのに、何かしようとする人は少ないじゃない? 私ね、それって、何かやっても、うまくいく気がしないからじゃないかなって思ったりするの。なんで石田くんは、自分でやったら何かできるかもとか思ったりしたのかなぁ。
石田:まあ中学の時は、やってみたらやれたっていうのもある。あと小学校の時は、どうしても許せないって体験があるし・・・あとは友達と競争させられるのが、とにかく嫌だったというのが強いと思う。
---競争っていうのは、テストの点数とか、内申書とか?
石田:うん。それを学校全体で競争させて、それで将来が決まってしまう。そのころのことで、一番気にかかっているのは、先生に言われたことよりも、友達のことなんだ。中学は遠足にお菓子を持っていくのが禁止で、だけどそれでも隠して持ってって、規則を守っている友達に食べさせたのが、見つかっちゃうんだよ。その子は優等生で、そのまま行けば普通に高校に行けて、大学にも入れて、って感じの子。あの時は中2だから、その後なんとかなったかもしれないんだけど・・・。
---自分のせいで高校に行けなくなったら、とか思ったってこと?
石田:うん、みんなさ、それぞれ考えることはあるし、おかしいと思ってるんだよ。その巻き込んじゃった人もすごくやさしい人だったんだよ。でも親の期待とかも将来のこともあるし、がまんして、従ってる感じなんだよね。
---そっか。
石田:それで、中2の終わりにまた親の転勤で突然転校することになるんだよね。そのころは、もう高校も行けなくてもいいやっという投げやりな感じだったんだけど、転校が決まったとき、担任の先生のところに呼び出されたんだよね。そこで、転校先に送る「申し送り書」っていうのを先生が見せてくれたんだ。たぶん担任の権限で書ける、生徒には見せちゃいけないやつなんだけど、それを見せられて、先生が「おれは申し送り書には何も書かないから、転校先ではがんばってやれ」って言ってくれて・・・。
---へぇ・・・
石田:なんかそれで感動して、世の中には、自分を信頼して自分のこと考えてくれてる人もいるんだなって思って、なんか自分も浅はかだったと、すごい反省したんです。単純な性格なので。それで千葉に引っ越したら、千葉は愛知みたいに校則がきつくないし、なんか楽しくやれてさ。高校にも何事もなく入れて、高校では、ラグビーばっかりやってた。高校の部活では練習メニューも作戦も自分たちで全部決めてたんで、すごく充実してた。
---それで大学に入ってから、また色々あるんだよね。
石田:一年浪人して大学入るんだけど、千葉の家から遠いってこともあって、寮に入るんだよね。最初は部活でラグビーもやるんだけど、一年やったあと、寮の状況が悪くなって、寮委員長をやることにして・・・
---寮の状況が悪くなっていったっていうのは、どういうこと?
石田:おれが住んでた寮がつぶされそうになって。91年に大学は寮を廃止する決定を出してて、おれが入ったのは2000年だったんだけど、いろいろ議論があって残っていたのが、もういよいよやばい感じになったんだ。
---そうなんだ。それで、何とかしようと思ったわけね。
石田:それで学生投票をやろうって呼びかけて、寮委員長に立候補してね。そうしたら、学生投票なんかやってもだめだから、やらない方がいいって人も多かったんだけど、やれる、やろう、と言って、それを押し切ってやったの。
---投票って、寮をなくすべきかどうかって投票? 全員にやったの?
石田:そうそう。寮のあった東大の駒場は1,2年生が8000人ぐらいいるんだけど、その半数以上が投票しないと成立しない投票で、そのさらに半数以上をとれば勝ち。それで、色々あったけど勝ったんだ。
---それはすごいじゃん。
石田:そのころはおれはまだ民主主義を信じてて、さすがに学生投票で勝ったら、寮は残ると信じていたし、大学の教授ならそれぐらいわかってると思ってた。
---わかってる、って?
石田:学生投票で、寮を存続させようって人のほうが圧倒的多数だったわけじゃん。それを尊重するのがあたりまえの民主主義じゃん。それなのに、そのあと裁判の結果が出て、高裁が、国の法律からすると寮は大学の学長の判断でつぶせる、っていう判決を出したんだ。それで教授会が強制執行で寮をつぶすっていうことにしたんだよ。
---なんでそうなるんだろう。
石田:学生はまだ未熟で自分で判断できないから教授会の決定に従わなきゃいけないっていうのがその理由。それで強制執行の日がきて、寮がとりこわされるんだ。だけど、強制執行されてもこっちが正しいという確信があったんで、建物がないなら自分たちでつくればいいんで、自分たちで作っちゃうんだ。
---作っちゃうって、プレハブみたいなの?
石田:そうそう。で200平米ぐらいのやつを作っちゃうんだけど、大学のほうもまさかそんなことすると思わないもんだから、2ヶ月ぐらいはそれをぼんやり見てたんだよね(笑)
---ビックリするよねぇ。
石田:でも話し合いを続けて時間がたつうち、このまま居座るようなら不動産侵奪罪で訴える・・・要するにこれ以上いると警察に逮捕させるから出てけ、って言われて、逮捕されるわけにはいかないから、いろいろ交渉はして、結局そこも退去することになった。
---その自分たちでつくった家ってどれくらいいたの?
石田:7ヶ月。8月から3月まで。
---そりゃ冬は寒かったでしょ。
石田:台風がきたり、大自然に立ち向かうのも大変でさ(笑)
---でも面白そう。
石田:あとはね、そこでテント生活してる時に9.11があるんだよね。
---そうなのか!
石田:いきなりアフガン空爆がはじまって、自衛隊も出てって。湾岸戦争の時なんか自覚なかったから、自分にとってははじめて目にする戦争。それまで、寮のことやってても平和運動とか関係なかったんだけど、これはまずいって思って。寮生とも、これは何かしなきゃいけないだろうって話して。自分で旗つくってデモに行ったりとか。
---かわいい旗じゃん。
石田:けっこう評判よかったんだよ。
---そのあと国立大学の法人化があって、教育基本法も改悪されそうな状況だよね。情勢だけ見ると厳しいところもあるんだけど、これから何をやりたい? 私たち、こういう状況下でどういうことやっていったらいいんだろう。
石田:大学でいえば、自分が何をやっていくかっていうのもあるけど、何を残すかっていうところかな。寮もなくなってしまったけど、もう少し学生の自治とか民主主義っていうのを大学のなかでつくれないかと思っててね。教育基本法の改悪反対運動もそのひとつとしてあるんだけど、大学で学生がいる場所をどうやってつくるかっていうことが大事だと思ってて、学生が活動できる場として、サークルの部室が集まっている「学生会館」というサークル棟があるんだけど、ここも廃止されようとしているのを、何とか守っていきたいし。
---寮とか、サークル棟とか、建物に石田くんがこだわるのはなんでなの?
石田:場所って大事なんだよ。サークルはいっぱいあって、劇団もあれば音楽やら運動系とかいろいろあるけど、その部室の運営はいま学生が責任をもってやってて、何時まで使えるかとか、音をどれぐらい出していいかとかも自分たちで決めるし、それぞれの活動は大学から強制されるとか、それで点数になるとかじゃなくて、自分たちが主体的にやりたいことをやっていってるわけだよね。こだわりもそれぞれあるし。寮も、そうだったんだよね。こういうところがなかったら、大学に来ても、ふつうに授業に出て、出てくる宿題をこなして、出て行くってことしかできないし。みんなカリキュラムのなかで学生どうしは競争して、いい就職を見つけてくって方向性しか残せないじゃん。でもこういう場所があれば、そういうレールとは違う別の何かを、学生同士が自由に話し合う中で、見つけてやっていけるんじゃないかなと思う。
---それは大事やね。
石田:まあ実態としてはまだ、こういうことやってるって言えるようなことも、そんなにないんだけど。
---でも、私たちがいろんなことを始めていく可能性を、ちゃんと残して、大事に守っていくっていうのはすごく大事なことだよね。押し付けられる以外のもので、みんなで一緒につくれて、一緒にいられるような場所を・・・もっと私たちの間に持てないかなって思う。
石田:そうだよね。他にもまだ思うこととか話したいこととかいっぱいあるけど・・・
---うん、また、ぼちぼち話しながらやっていこう。今年の秋はまたがんばりどころだしね。
石田:そうだね。こうやって、いろいろな人と話して、自分の考えを深めながら、将来の展望を一緒に考えられるのが運動の醍醐味だよね。これからも、ぼちぼちがんばりましょう。
■このインタビューは2006年8月22日、東京大学内で収録しました。
インタビュー&まとめ:八尋麻子