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あんころインタビュー 無名の人びと 第3回

山田こじか(やまだ・こじか)さん

1986年神奈川県生まれ:筑波大学2年生





今回のインタビューは、8月6日に広島での平和記念式典に一緒に参加し、その後、長崎に移動する列車のなかで収録しました。



---インタビューに応じてくれてありがとう。気軽な雑談みたいな感じでやってもらえるといいなと思います。まずねー、好きな食べ物はなんですか?
山田:オムライス。
---今はひとり暮らしなんだっけ? 自炊してるの?
山田:うん。するよ〜。外食はお金がかかるし。
---確かにそれはそうだよね。それに料理って楽しいよね。
山田:うん、なんか気分転換になるし。
---そういえば、何年生まれだっけ?
山田:1986年。
---86年? てことは、まだもしかして二十歳くらい?
山田:うん、19。
---19歳か・・・あ、今ふと、自分が19歳の時に好きだった人のこと思い出しちゃった。
山田:え、それ聞きたいんだけど!
---いやいや、今日は山田さんの話だから。だめだめ(笑)
  今日はさ、一緒に8月6日の広島の平和記念式典に参加して、いま長崎に向かっているわけだけど、原爆のことなんかには昔から興味があったの?

山田:そうだね。中学の修学旅行で広島にはじめて行って、それが印象的で・・・。ただ、私は神奈川だから、広島みたいに原爆の教育に熱心なわけでもなかったんだけど。
---じゃ、学校で特別に平和教育が熱心だったとかじゃないんだよね。
山田:そうではないと思う。でも、例年は中学の修学旅行って「京都・奈良」だったのに、私たちの学年だけ「京都・広島」に変えたんだ。だから、そういうことをやろうって先生が、その時いたんだと思う。
---原爆ドームとか資料館に行ったの?
山田:行った行った。朝、平和公園では8時15分に毎日鐘が鳴ってるじゃん、そこにみんなで行って、平和集会をやって、黙祷したりして。
---高校時代はどんな感じ?
山田:イラク戦争があって、はじめてワールドピースナウのデモに行った。そこでアジスパ(※)に会って、面白そうだなーって思った。



※アジスパ:アジアンスパークの略。イラク戦争のころ、個性的なパフォーマンスで活躍していた。全国連絡会事務局の須黒も、メンバーの一人。



---はじめてかぁ。じゃ、イラク戦争まではデモとか行ったことなかったのね。
山田:デモとか、どうやって行ったらいいのかわかんないし、どこがやってるのかとかも分かんないし、親も、ちゃんとしてないとこだと心配したりするから。ワールドピースナウは友達に紹介してもらって行ったの。
---そっか。イラク戦争からはじめて運動に参加した人って結構多いんだよね。私もそうだし、一緒に事務局やってる須黒さんもそうだしさ。
山田:そうそう、その須黒さんが、イラク戦争の時おもしろいことやってて、いいなーと思った。
---仮装したり踊ったりとかしてたらしいよね。私は当時、福岡だったから知らないんだけど。
山田:そうそう。デモするのって、もしかすると自己満足かもしれないんだけど、でもそういう表現をやめたらいけないんだって思った。
---友達にワールドピースナウに誘われたときは、抵抗なかったの?
山田:べつになかったよ。
---誘われたから、じゃ、行こっかなー、って感じ?
山田:そうそう。で行ったら、デモって怖いイメージもってる人いるし、私も多少はそんなイメージがあったんだけど、でもやってみたらそんなことなかったし。




特急列車のなかで野菜ジュースを飲みました。野菜がかなり好きだそうです。




---いま、どういうことに関心があるの?
山田:高校のときに、平和な世界をつくるためには政治が絶対重要だと思ったのね。それで政治を勉強しようと思って大学に行ったの。でも、実際に政治にどうかかわっていくかってことを考えたときに、政治家になるとか外交官になるとか、そういうことではなくて、教育とか、一人ひとりに根ざしたところで、平和のためにできることをやっていきたいと思うようになって。平和教育とかをやりたいのかなーと思ってるところ。
---教育といえば、やっぱ今は教育基本法が改悪されそうで、日本が戦争できる国づくりをすすめているのと並行して、学校現場でも平和教育をすることが難しくさせられているわけだけど・・・
山田:私の行ってた高校は、まだ平和教育ができなくなるとか感じなかったな。「日の丸・君が代」の強制とか問題になってるけど、うちは強制とかなくて、先生で歌わない人もいっぱいいたし、生徒で座る人もいたし、それは本人にまかされてた。
---東京だと確実に処分だけどね。
山田:そんな処分とか、ぜんぜんなかった。
---もちろん、誰だって広島に行けば原爆はひどいと思うし、戦争よりも平和がいいって多くの人が願ってるはずだよね。でも、行動する人はずっと少ない。山田さんが、デモに参加したり、広島・長崎の平和行事に参加しようって思うのは、どうしてなの?
山田:私の場合、ピアノの先生の影響が大きいと思う。
---えーっ。めちゃめちゃ意外な答え。どーゆーこと?
山田:小学校2年から習ってた先生が、ピアノの先生をやりながらピアニストとしても活動してて、世界のいろんな紛争地域でチャリティーコンサートをやったりするような人だったの。そういう話を聞いてて・・・。最初は、私も音楽を続けて、平和のためにできることをやりたいと思ったぐらい。小さいころから平和が大事だとは思ってきたけど、ともかく、自分もなにかやりたいって思ったのは、それがきっかけかな。
---そうかー。その先生、かっこいいねぇ。ピアノはどのくらいやってたの?
山田:5歳から高2まで。
---へぇ。じゃあ、かなり弾けるんだね。どういうのが好きなの?
山田:作曲家では、ドビュッシーとかシューマン。印象派のものが好き。
---クラシック音楽をやる人で政治のことに介入するっていうのは珍しいよね。特に日本ではあんまりいないんじゃないかな・・・。
山田:そっかー。
---ヨーロッパとかだと、クラシックの演奏家で、とーぜん戦争に反対とかはバッチリ表明するって人がいるけどね。そういう人は、若い人には安く演奏会を聴かせたりもするし。
山田:そうだよね。日本はクラシックコンサートってめちゃ高いもんね。
---クラシックは1万とか2万とかするもんね。
山田:日本ってそういうところに国の予算がおりないからねー。フランスとか、美術館とかもほとんどタダみたいな感じだもんね。
---そうそう。日本って、お金持ちじゃないと文化が楽しめないし、文化人で貧乏人の味方とか、戦争反対とかいうのが少ない気がする。「君が代」の強制に反対している人では、けっこう音楽の先生も多いみたいだけど。
山田:へー。そうなの?
---「君が代」みたいに、戦争に人を動員していったような曲は、自分は音楽を愛する者として弾けない、っていう。そういうのって、なんか分かるよね。
山田:うん。そのピアノの先生とはいつも話してたんだけど、とくにイラク戦争の時なんか、1時間のレッスン中で45分くらいはイラク戦争の話をしてる、みたいな感じ。音楽を勉強しながら世界史を勉強してた感じ。ヨーロッパの戦争の歴史とかも一緒に学んだ。
---それは豊かだねぇ。
山田:その先生に会えたことはすごく大きかった。
---音楽なんてさ、平和あってこそのものだと思うけど・・・どうして音楽家で発言する人がなかなか出てこないのかな?
山田:音楽は弱いから。演奏禁止にされちゃったりすると終わりなんだよね。フィンランドにソ連が侵攻したときも、シベリウスの音楽は演奏中止になったし、チェコのスメタナが作った「モルダウ」って曲も、あれは本当はチェコ語のタイトルだったのに、ドイツ語で「モルダウ」って名前にされちゃったし、国の強制に巻き込まれることが多いんだよね。
---音楽って強制されてはできないし、人を動かす力があるから、時の権力にやられやすいんだよね・・・。だからいまのうちに反対しといたほうがいいと思うんだけどなぁ。
山田:剥奪されて気づく、みたいな感じなのかな。
---それじゃ遅いのにね。
山田:ね・・。




お昼は、長崎駅の自然食バイキングです。あんまりおいしいので食べ過ぎて、あとでおなかが痛くなりました・・・



---これから、どういうことをやっていきたいの?
山田:NGOとかで、平和のことをやりつつ、教育にもかかわるっていうようなことがしたいな。
---具体的になにかあるの?
山田:大人にはすでにいろんな偏見があって変わることが難しいから、平和のことをやる時に、子どもにかかわりたいっていうのがすごくあって。広島に来たのも、広島で子どもが集まるイベントに参加したくて、子どもと一緒に平和を考えていくことが大事だと思ってるの。
---あー、確かに、おじさん達の考えを変えてもらうのは難しいかも・・・
山田:もう固まっちゃってるから・・・。その点、子どもは違うから、教育はすごく大事だと思うのね。
---じゃあ、教員でもいいんじゃない?
山田:そうだね。教員免許もとろうとしてるし、教員でもいいんだけど、もっといろんなことを自由にやりたいって気持ちもあるから迷ってる。逆に教員だと、現場で一人ひとりにかかわれるから、影響力も大きいし大事な仕事だとも思うんだけど。
---いろいろやってみるのもいいかもね。NGOやって教員やって、またNGOやってもいいし。子どもを大事にしたいよね。今日はどうもありがとうございました。
山田:こちらこそ。話すのって楽しいよね。
---これからも、いっぱい話しましょう!



■このインタビューは、2006年8月6日、広島から長崎へ移動する特急列車の中で収録しました。
インタビュー&まとめ:八尋麻子

2006年8月20日日曜日21時11分53秒