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教育基本法の改悪を とめよう!全国連絡会 |
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みなさんこんにちは。いま、見事に日比谷野外音楽堂を通路まで埋め尽くしつつあります。今日の集会は、今まで北は北海道まで南は沖縄までの発言にありましたように、ほとんどの地域で私たち呼びかけ人四人が殆ど週末を全部なげうって全国を歩いたことと、それぞれの地域での運動が、ほんとうにここに寄り集まった正真証明100%の全国集会であることを確認したいと思います。先ほど沖縄の方は、すぐ明日11月7日、大内さんが沖縄に飛ぶという話をなさいました。私は明日北海道の苫小牧に飛びます。
今日の集会は、これから、ぜひともこの秋のうちに、絶対に教育基本法の改悪の法案を国会に上程させない、それぞれの地域で教育基本法の改悪に賛成したならばもう二度と国会にいけないぞという力関係を、全国の地域で、しっかりと作っていくための出発点の集会でもあります。そのことを確認しましょう。
今年2004年の6月10日、自民党の憲法改正プロジェクトチームが、憲法改正の論点整理案を出しました。安全保障の項目では、自衛のための戦力を保持する、つまり、自衛隊を軍隊にするという方向を明記することになりました。さらに、個別的集団的自衛権の行使を盛り込むということもはっきりさせています。つまり、9条の第2項を変えて、自衛隊を軍隊にする、そして日米安全保障条約という二国間軍事同盟のもとで、いつでもアメリカの無法な戦争に協力できるようにするということです。さらに、非常事態での国民の協力義務を規定するとまで言っています。前文を全面的に書き換えて、一国平和主義の誤りを正し、わが国の歴史、伝統、文化、国柄、健全な愛国心を憲法に盛り込むといっているわけです。
主権者である私たち一人ひとりの個人が、国家の暴走に縛りをかけ、歯止めをかけるための最高法規である憲法を、逆に、国家が私たち一人ひとりを戦争に動員するために、その心にまで縛りをかけるようなものに180度転換しようとするねらいがあることがはっきり分かりました。これは、立憲主義そのものを否定した、新しい全体主義、あるいは新しい絶対主義国家をつくるためのクーデターだと私は言わざるを得ません。
これと連動して6月16日には、教育基本法改悪のための与党の中間報告が出されました。今の教育基本法の第一条はこうあります。「教育は人格の完成をめざし、平和的な国家および社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない」。これを与党の中間報告では、「教育は人格の完成を目指し、心身ともに健康な国民の育成を目ざす」と変えようとしています。ねらいは明らかです。
今年の2月25日に自民党と民主党の議員が超党派でつくった教育基本法改正促進委員会の結成総会で、民主党の西村眞吾衆議院議員はこういいました。「お国のために命を投げ出してもかまわない日本人を生み出す。さらにお国のために命を投げ出す機構、つまり、国民の軍隊が明確に意識されなければならない」。こうあいさつしたんです。ここに教育基本法改悪のねらいの本質があります。けっして学校現場の矛盾やいまの教育の荒廃を変えるためではなく、子どもたちを、戦争を担う人間に仕立て上げるために、教育基本法が改悪されようとしているわけです。
ですから、いまの一条から抜かれたところははっきりしていますね。戦争を担う人間に子どもをつくるのだから、「平和的な国家及び社会の形成者」になってはならない。日本が追従していくアメリカの無法な戦争は、もう世界の目から見て、一切の根拠がないとされていますから、そのような不正義な無法な戦争に追従していくのですから、子どもたちが「真理と正義を愛し」てもらっては困るのです。お国のために命を投げ出す人間に仕立て上げるのですから、「個人の価値」を尊んでもらっては困るのです。
そして、日本の大企業は、海外の安い労働力をつかうためにいっせいに国外に出て、学校を出た若者たちが働く場は日本にはありません。さらに、日本の経済をここまで破壊した銀行や大企業の幹部は、いっさい責任をとらず、国民の税金で救済されようとしています。だから、「勤労と責任を重んじ」なくていいということです。なにより、国家の命令に服従する従順な国民にさせるのだから、「自主的精神に充ち」てもらっては困る。これが、教育基本法を改悪し、学校を教育の場から国民を統治し管理する場に変えようとする、そのねらいが教育基本法の改悪の本質であるということは火を見るより明らかだろうと思います。
そしてなにより、先ほど、〈東京の学校に自由の風を〉のみなさんが訴えたように、こうした教育基本法の改悪をされたことを、率先して実践してやっているのが石原都政です。それこそ職務命令と処分によって、教師を生徒たちをそして保護者までをもものを言わぬ国民に仕立てようとする攻撃が、いま、日の丸・君が代の強制としておこなわれているというわけです。
日の丸・君が代の強制はいま始まったことではありません。最初に日の丸・君が代を学校で掲げろというふうに文部大臣が通達を出したのは、朝鮮戦争がはじまった1950年でした。そしてさらに自衛隊と防衛庁ができたた1954年に、やはりその時の文部大臣が、日の丸・君が代の強制に反対している教職員は、強制的に子どもたちを洗脳しているというような発言をしました。こんな許しがたい逆転はありません。そして、1970年代から処分がはじまり、1980年代には、いちばん戦争の記憶がふかぶかと根ざしていた沖縄で、きわめて暴力的な日の丸・君が代の強制が、卒業式入学式に対して始りました。そして次に餌食にされたのが、やはり大きな戦争の記憶を刻み付けている広島でした。つまり、日の丸・君が代の強制は、私たち一人ひとりの心の中から、二度と戦争をしてはいけないという思いと、多くの無法な人権侵害を、戦争によって命を奪われていった人たちの記憶を消し去ろうとする攻撃なのです。私たちは、断じてそのことを許してはならないと思います。
その意味で、教育基本法の改悪を私たち一人ひとりの思いによって阻止していくことは、あの戦争で死んでいった多くの人たちと、決して靖国を通してではなく、いま私たち一人ひとりの心を通して、今一度連帯をし、二度とこの国を戦争する国にしてはならないという決意を固めていくことであり、それは空爆にさらされているイラクの人々と、小泉の自衛隊派兵のために命を奪われた香田さんとも、きちんとこの世とあの世をつなげてゆく連帯のしかただと思います。
その出発点として、今日のこの集会を、みなさんと一緒に、成功させていきたいと思います。ありがとうございました。